155kmのベルリン散歩
前回で、歩いた道のご報告はすべて終わりましたが、わたしはあとがきのない本が嫌いなので、エピローグを付けたいと思います。といっても、これまでに色々考えたりしたことは、たいていその回に書いてしまったので、今日は、書き損ねてしまったけど書きたか…
いよいよスウェーデンへの出発も迫った2月21日、最後のベルリン散歩をしました。 始めたのは9月。残暑が厳しくて、まだ半そでの季節で、木の葉も青い時期でした。東西ベルリンの国境をひたすら北上した夏の終わりは、日がどんどん短くなるのを感じました。ベ…
ベルリンの壁跡を歩くシリーズも、早いもので、残すところあと2回となりました。 予定では、1月中に終わるはずだったのが、冬休みに歩けなかったり、1月はゼミがあったり、歩く予定の日にストがあったり、歩き始めようとしたとたんに書類の締め切りに気づい…
先週の記事で書いたように、前回はサクロウ湖のあたりで道を見失い、家にたどり着くまでに3時間以上かかってしまいました。本当は、ぐるっと回ってスタート地点に帰りたかったのですが、もう一度3時間かけてあそこまで行って、また道に迷ったらこの日は何も…
ゼーブルクからサクロウまで歩いたこの日は、12月28日。10回歩いた中で、一番寒い日でした。ゆっくり歩くと凍えてしまうので、あまり立ち止まらずに早く歩いたのと、下りが多かったので、この日は、予想以上に早く進み、3時ごろに…といっても、このころは4時…
(2009年7月追記)匿名でブログをつけていた当時、この前の「155キロのベルリン散歩6」にコメントで長い返信をいただきました。非常に面白いやり取りだったのですが、わたしの正体が明らかになることで、コメントを下さった方の身元が判明することを避けるた…
ベルリンに来る前、文学で知っているベルリンは、灰色の雲が厚く垂れ込め、太陽の出ない街というイメージでした。しかし、一方では、そういう作品でベルリンがいつも曇っているのは、きっと扱っているのが戦時中や冷戦時代だからで、そういう天気の方がない…
前回は、ベルリンの最北端でストップし、この回ははひたすら南下したのですが、やはりずっと郊外で、歩いたのは湖と林ばかり。ベルリンの中心にある家は、ほとんどが集合住宅ですが、このあたりになると一軒家ばかりで、中には、お茶目な家もありました(一…
壁の跡を歩くのに使っていた地図を、スキャナーで取り込むことができたので、今回から、地図も載せることにしました(これまでの記事にも地図を追加しました)。赤く印をしたところが、その回に歩いたところです。 「ベルリンの壁」といってテレビなどで紹介…
歩く前、「ベルリンの壁博物館」に行ったことは導入にも書きましたが、ここの展示に、わたしはひどく違和感を覚えました。 展示は、1953年6月17日、東ベルリンを占領していたソ連軍に対する、初めての蜂起から始まります。ウンター・デン・リンデン通りの逆…
ベルリンの中心部には、シュプレー河が流れています。ベルリンの壁というと、普通の道を壁が寸断しているというイメージがありますが、河そのものも、国境として使われていました。西に行こうとして、この河でおぼれて亡くなった人も大勢いるようです。 壁の…
歩き始める時、どこから始めようか迷ったのですが、ベルリンの中心部に、壁がずいぶん長く残って、芸術家がいろんな絵を書いている「イーストサイド・ギャラリー」があります。まずは無難に、そこから始めることにしました。 写真は、最初のが、イーストサイ…
今回のベルリン滞在、基本的には、1.論文 2.健康 3.授業参加 という優先順位をつけて、ほとんどこれで手一杯でしたが、せっかくドイツにいるのに、図書館と学校と家を往復するだけで一年過ごすのは、もったいない!ということで、何かひとつだけ、長期…