さかなのためいき、ねこのあしおと

スウェーデン滞在記。現地時間の水曜日(日本時間の水曜日午後~木曜日午前中)に更新します。

北欧の移民文学 ヨナス・ハッセン・ケミーリ

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

前回、北欧の移民を巡る状況について書いたので、今日は、移民文学をご紹介したいと思います。といっても、わたしが読んだことあるのは一冊だけ。去年ドイツにいたときに、ゼミで読んだので、今日書くことは、ゼミでの発表の焼き直しです。

ヨナス・ハッセン・ケミーリ(Jonas Hassen Khemiri, 1978-)は、今、スウェーデンで最もアツイ若手作家の一人。お父さんがチュニジア人、お母さんがスウェーデン人で、本人はスウェーデン生まれスウェーデン育ちです。デビュー作『赤い目玉』は、その年の文学賞を総なめにし、舞台化され、昨年は映画にもなりました。

ストックホルムに、リンケビューという地区があるのですが、ここは、住民の90パーセントが、移民の1世または2世です。ここでは、スウェーデン語に英語やトルコ語その他移民の出身地の言語をミックスさせた「リンケビュー・スウェーデン語」が話されています。たとえば、スウェーデン語では、ドイツ語と同じように動詞が必ず文の二番目に来ますが、リンケビュー・スウェーデン語では、英語と同じように、主語・動詞の順番です。例を挙げると、『赤い目玉』は、以下のような書き出しです。

I dag det var sista sommarlovsdagen och därför jag hjälpte pappa i affären
(今日は夏休み最後の日で、僕は父さんのお店を手伝っていた)

と始まるのですが、普通のスウェーデン語だと、Idag var detという語順になるし、「今日」の時制は過去形ではなく現在完了形だし、「お休み」は、lovsdagではなくlovdag...という具合に、初っ端から初心者泣かせです。スウェーデン語は、この100年くらいでずいぶん変わっていて、文法がちがちの古臭いスウェーデン語のことを、揶揄をこめて「ストリンドベルイのスウェーデン語」と言ったり(使用例:「わたしはストリンドベルイのスウェーデン語で書かれたものに興味はない」)します。わたしがいつも読んでいるのは、まさにこの「ストリンドベルイのスウェーデン語」です。加えて、辞書に載ってないスラングや外国語起源の単語もたくさん出てくるし、ポケモンとかニンテンドースウェーデン語では、会社のことではなく、ゲーム機のこと)とかも普通に出てきて、わたしにはよく分からないところがたくさんありました。

が、分かった範囲で説明すると、『赤い目玉』は、家ではアラビア語、学校ではリンケビュー・スウェーデン語を話す移民二世の「僕」のアイデンティティ探しが、日記という形式で書かれています。

文学として面白かったのは、お父さんはスウェーデン語は話せるけど書けないので、店の看板を作ったり、役所に提出する書類を書いたり、という「大人の仕事」は、すべて「僕」がやっています。一方、「僕」は、アラビア語は話せるけどかけなくて、物語は、友達にもらったノートにアラビア語を書き始めるところから始まります。本の装丁は、このノートとそっくりになっています。後、ところどころ、アラビア語の会話をスウェーデン語に訳した言葉が出てくるのですが、この会話は、リンケビュー・スウェーデン語ではなく、「正しい」スウェーデン語で書かれています。

個人的には、小手先で技を凝らしすぎ、といった印象も無きにしも非ずですが、作者がわたしと同世代ということで、通じる部分もあり、新しいものを目指す気概、熱気のようなものも伝わってきて、興味深い作品でした。前回のブログでは、移民とスウェーデン人の「軋轢」ばかり強調しましたが、移民が活性剤となって、スウェーデンに新しい文化なり風なりを運んで来ているのも事実です。今後も、注目したい作家です。

映画の公式HPはこちら↓


ケミーリのインタビューはこちら↓
(英語版)
http://www.qantara.de/webcom/show_article.php/_c-310/_nr-208/_p-1/i.html?PHPSESSID=5


あ、貼ってある写真は、ケミーリとは関係なくて、次の記事でご紹介する、リンネ・ハンマルビューの写真です。