さかなのためいき、ねこのあしおと

スウェーデン滞在記。現地時間の水曜日(日本時間の水曜日午後~木曜日午前中)に更新します。

北欧の右傾化

先日、興味深いコメントをいただきました。

>ちょっと前にスウェーデンで現役の女性大臣が殺されたことがありましたよね。右翼のような人たちがいるのでしょうか?スウェーデンのイメージと重ならないのですが。また、最近、隣のノルウエーのほうが景気がよく、スウェーデンはノルウエーへの労働力供給国になりさがったとニューヨークタイムズに書いてありましたが、本当のことなのでしょうか。

これまで、自分の専門と直接関係がないこともあり、現在のスウェーデンの政治や社会については、ほとんど触れてきませんでした。今日は、このご質問にお答えするという形で、知っていることを書きたいと思います。長くなりますが、ご容赦ください。

ただ、言い訳になってしまうのですが、わたしの専門は、100年前の文学です。もちろん、だから今の政治や社会を知らなくていいということにはならないのですが、なかなかそこまで手が回らないのが実情で、新聞もほとんど読んでないし、ニュースもあまり見ていません。不完全な部分、(気をつけはしますが、場合によっては)誤ったことも書くかもしれませんので、お気づきの点があれば、ぜひ指摘してください。


【アンナ・リンド元外相暗殺】
「現役の女性大臣が殺された」事件について、まず簡単に説明します。日本でも大きく取り上げられたので、記憶にある方も多いと思います。2003年9月10日、ストックホルムのデパートで、当時の外相アンナ・リンド(Anna Lindh, 1957-2003)が、買い物中に、ナイフを持った男に刺され、翌11日に死亡しました。
スウェーデンで現役の政治家が暗殺されたのは、1986年のウーロフ・パルメ(Olof Palme, 1927-86)以来二人目でしたが、スウェーデンは治安が良く、事件当時、リンド元外相も、パルメ元首相も、ボディガードをつけていませんでした。事件があったNKデパートが、町の中心部にある高級デパートであったこと、殺害されたのが若い女性大臣で、お子さんも小さかったことなどもあり、社会に衝撃を与えました。

事件の背景については、襲撃の4日後に当たる9月14日に、ユーロ導入の是非をめぐる国民投票が予定されており、元外相は導入に積極的だったために、反対派によって暗殺されたのではないかという説が強かったです。このあと、総選挙は、予定通り行われ、ユーロの導入は見送られました。当時の日本語の記事を集めたサイトを見つけましたが、ここでも、ユーロ導入に絡んでという書き方がしてあります。


また、襲撃の日が、「9月11日」の前日であり、元外相がアメリカのイラク侵攻に強く反対していたことから、親アメリカ勢力による犯行ではないかという説もありました。

ただ、その後、この事件は、日本ではあまり報道されなかったと思います。今回、調べてみたところ、犯人は逮捕されているのですが、「精神的な問題」があったとのことで、少なくとも、英語版、スウェーデン語版のWikipediaには、犯行理由は書かれていませんでした。


【右翼について】
リンド元外相の暗殺は、犯行理由が明らかになっていず、犯人が「右翼」だったのかどうかは、わたしの調べた限りでは、明らかになっていません。ただ、スウェーデンにも、「右翼」はいます。そして、近年では、社会の「右傾化」が進んでいます。たとえば、2006年9月の総選挙では、12年間政権の座にあった左派政党が敗れ、中道・右派の連立政権が成立しました。以下で、戦後スウェーデンの福祉政策史を簡単に読むことが出来ます。


また、細かいことでは、2005年から、6月6日の「建国記念日」が祝日になりました。スウェーデン建国記念日については、このブログでも、6月に記事にしているので、こちらもご覧になってみてください。


また、この記事でも少し触れていますが、隣国デンマークでも、「右傾化」はすすんでいます。2005年の「ムハンマド風刺画掲載問題」は、日本でも話題になったので、ご存知の方も多いと思います。デンマークの新聞「ユランス・ポステン」がムハンマドの風刺画を載せ、デンマークムスリムの批判を受けたことがきっかけでしたが、問題は世界に飛び火しました。これについては、Wikipediaに、かなり詳しく経過が書かれています。また、スウェーデンに長く在住している方のブログにも、大変興味深い記事がありました。



この背景には、デンマークにおける移民問題があります。北欧は、戦後、多くの移民を受け入れてきたのですが、言語、文化、習慣などの違いから、移民と北欧人の間に軋轢が起こることも少なくありませんでした。デンマークでは、2001年に、アナス・フォー・ラスムセン(Anders Fough Rasmussen, 1953-)率いる自由党が、1920年以来第一党であった社会民主党から政権を奪取したのですが、この政党は、移民を制限する法律を打ち出しています。スウェーデンの移民については、スウェーデン南部のマルメーに住んでいらした方のブログに記事がありました。



スウェーデンでも、国内で移民による「名誉の殺人」(婚前交渉をした女性を家族が殺害する)が何件も起きており、中には、移民と結婚したスウェーデン人女性が犠牲になったケースもあります。また、こちらは偶然読んだのですが、「割礼は傷害罪か否か」というテーマが、大きく取り上げられたこともありました。

こうした中で、強硬な移民排斥を唱える人もいます。また、具体的な軋轢によるだけではなくて、スウェーデンにも、近代以降の人種主義や民族主義は根深く残っています。身近なところでは、いわゆる「変な日本人像」の中に、ある種の悪意が感じられることがしばしばです。わたしの住んでいるところは、治安のとてもよいところなので、身の危険を感じたことはありませんが、買い物に行くと店員がわたしに対してだけ態度が悪かったり、道を歩いていて若い子にはやし立てられたり、という経験はあります。


【経済について】

経済については、もっとよく分からないのですが、確かに、10年前、20年まえに比べると、悪くなっているようです。ただ、スウェーデン・クローナは、ユーロに比べても値上がりしていますし、ホームレスもあまり見かけないので、わたしには実感はないです(感覚論ですが、日本や、去年住んだドイツよりは、よさそうな感じがします)。ただ、一つだけ聞きかじったのは、税金が高いので、外国の企業を誘致しにくく、スウェーデンの企業も、外に出て行ってしまうことが多いそうです(たとえば、イケアは、今はオランダの会社です)。大企業の海外流出は、ノルウェーにどの程度労働力を供給しているかは、わたしは知らないのですが、ご覧になったニューヨーク・タイムズの記事は、ネットでも読めるものなのでしょうか?何か分かれば、今後書いてみたいと思います。

スウェーデンは、日本語で手に入れられる情報が少なく、また、イギリス、フランスなどの植民地支配や、ドイツ、日本、アメリカの戦争に並ぶような「負のイメージ」が少ないこと、自然が美しいこと、「福祉国家」「原発廃止」「男女平等」などが不完全に紹介されることから、理想郷みたいに語られることが多いです。でも、実際にはそんなことはなくて、アルコールが深刻な社会問題だったり、移民や経済の問題を抱えていたりはしますし、家族の崩壊や、学校でのいじめも、よく議題に上ります。この記事が、少しでも、「中立的な」北欧像を作るきっかけになればと思います。長いのに読んでくださり、ありがとうございました。