さかなのためいき、ねこのあしおと

スウェーデン滞在記。現地時間の水曜日(日本時間の水曜日午後~木曜日午前中)に更新します。

ヴェルムランド紀行6 「ラーゲルレーヴ中尉の誕生日」~ポルトガリヤの皇帝さん

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学会の次の日、8月17日は、ラーゲルレーヴのお父さんの誕生日でした。

すでに何度かブログや論文で書いたので、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、ラーゲルレーヴ家は、もともと裕福な地主でした。しかし、近代化に伴って家は没落し、お父さんはさまざまな事業に失敗して、お酒におぼれるようになり、ラーゲルレーヴが27歳の時に亡くなります。

ラーゲルレーヴのノーベル賞授賞式の挨拶は、天国の父に受賞を報告するという形になっていて、このお父さんの元気だったころのことは、自伝『モールバッカ』にも、かなり詳しく書いてあります。お父さんの誕生日パーティの記述は特に印象的で、お客さんを100人くらい招いて、それはにぎやかだったようです。

今年は、生誕150年ということで、このパーティの様子を劇で再現する、という催しがモールバッカでありました。一番上の男の人が、「ラーゲルレーヴ中尉」(ラーゲルレーヴのお父さん)です。…あまり似ていませんでしたが。

びっくりしたのは、そこに、「スクローリッカのヤン」が訪ねてきたこと。三番目の写真は、『ポルトガリヤの皇帝さん』という作品の主人公(に扮装した人)です。わたしはこの人物、全く架空の人物だと思っていたのですが、なんと、ラーゲルレーヴの墓と同じ教会に、作品の主人公と同じ「スクローリッカのヤン」という人(苗字は違いますが)のお墓があると教えてもらいました。作中に、この人物が、地域の地主を、誕生日に訪問するシーンがあるのですが、これが、時系列をあわせてみると、実際にラーゲルレーヴのお父さんの誕生日があった年と一致するんですね!…でも、これで感激してるのは、たぶんわたしだけなので、「行事の一致」を長々と説明するのはやめにして、今日はノリで、この作品を紹介したいと思います。

ポルトガリヤの皇帝さん』は、1914年の作品で、主人公は、貧しい小作農ヤン・アンデションです。ヤンは、40歳の時に生まれた娘クラーラ・フィーナ・グッレボリ(金の城の輝くうるわしの君、みたいな意味。「金城輝美」って訳してある本もありますが…)を溺愛します。しかし、地主が代替わりして地代が上がり、クラーラは町に出稼ぎに行きます。最初は、お金を稼いですぐに帰ってくるはずだったのが、世の中そんなに甘くなくて、クラーラは結局売春婦になり、15年以上を故郷に帰ることなく、都会で過ごします。

ヤンは、娘を待ちわびる中で少しずつ狂気を発し、若者たちが、クラーラが絹の服を着ていた、と揶揄するのを聞いて、娘は「ポルトガリヤ」の女王になったのだと思い込み、自分もまた「ポルトガリヤの皇帝」としてふるまい始めます。

この話、一般には、「娘を思うあまり気がふれた父親の愛の物語」とか、「狂気を発してなお娘を愛し続ける父親の話」みたいなヒューマン・ストーリーとして紹介されることが多いです。わたしは違うと思うのですが、それは今論文に書いているので、また改めてどこか別のところでご紹介するとして、実はこの作品、わたしの指導教官が、最初に読んだラーゲルレーヴ作品でした。

修士に入って最初の面接の5日くらい前、指導教官にちょいちょい、って呼ばれて、OPACを開いたパソコン画面を見せられ、「この中で、読むとしたらどれや」って、聞かれたんですね。で、仕方がないから「本当は、『エルサレム』ですけど、長いですからね。5日で読むなら、『皇帝』ですかね」と答えました。

仕方ないから、というのは、翻訳がすぐに手に入って、長さが適当なものがこれしかなかったからそう答えただけで、当時のわたしの中でこの作品は、実は、あまり優先順位の高い作品ではありませんでした。別に嫌いではなかったのですが、他にも好きな作品はいっぱいあったし、どうにも訳が読みにくくて、これがラーゲルレーヴの代表作と思われるのはちょっと残念な気もしました。
5日後、指導教官はちゃんと作品を半分読んでいました。それで、「この作品から読み取れるラーゲルレーヴの特質」みたいな話をしてくれたのですが、何冊も読んだわたしが思ってもみなかった視点が次々と出てきて、わたしは、感心するよりも何よりも、指導教官の才能にものすごく嫉妬しました。作品をきちんと読む、ってどういうことか、わたしはこの面接で学んだ気がします。そして同時に、この作品がとても好きになりました。

今回は、この作品について新たな(論文に使えそうな)事実を色々と知ったのですが、それ以上に、初心に帰れてよかったです。

ポルトガリヤの皇帝さん』は、何度も復刊され、今でも新刊が手に入ります。ぜひ読んでみてください。↓


あと、『モールバッカ』の翻訳もあるのですが、こちらは、わたしは読んだことがありません。邦訳タイトルは、『モールバッカ―ニルスの故郷』となっていますが、ニルスの故郷はモールバッカじゃなくヴェンメンヘーイだし、作者名の日本語表記も間違ってるし、説明文はものすごく微妙だし、なんか不安を感じる本です。が、翻訳は翻訳なので、一応、アマゾンのURLを載せておきます。↓